2016-09-04
もうひとつの「桃太郎」
内田百閒の『王様の背中』。
この中には9つのお話が所有されているのですが、そのひとつに「桃太郎」というお話があります。けれども、この「桃太郎」、誰もが知っている「桃太郎」ではありません。犬も猿もきじも登場しませんし、鬼退治もありません。内田百閒特有の明るさと偏屈さとユーモアがたっぷり感じられるちょっと変わった「桃太郎」なんです。
内容は、こんな感じ。さぁ、どんな展開になるのか、ご想像してみてくださいね。
さてさて、
みなさんがご存じの昔話「桃太郎」ですが、残念ながら戦前には、ファシズムを駆り立てるための要素として利用された時期がありました。鬼を征伐に・・・ということが、どうやら当時の情勢と重なりあっていたようです。
『王様の背中』が出版されたのは昭和9年(ここで紹介した本は昭和49年にほるぷ出版より復刻された本です)のこと・・・。満州国が建国され、日本が国際連盟から脱退、徐々に軍事色が濃くなる頃のことでした。
彼は、序の部分で次のように書いています。
「この本のお話しには、教訓はなんにも含まれて居りませんから、皆さんは安心して讀んでください。
どのお話も、ただ讀んだ通りに受け取ってくださればよろしいのです。
それがまた文章の正しい讀み方なのです。」
百閒なりの時世への反発だったのか、それとも「ふつう」ということが嫌いな彼特有のユーモアの現れだったのか、その意図はわかりませんが、鬼退治をしない百閒流の桃太郎と「読んだとおりに」と書かれた序文からは、文筆家としての矜持と強い信念が感じられますね。
興味をもたれたら、ぜひ読んでみてください。
なお、この絵本の装丁は谷中安規さん。すべてのページに版画の挿絵が入っています。
本に対する愛情と心意気がありありと伝わってくる、とても丁寧な一冊です。
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